訃報
当社代表社員 粕谷晴江は、2013年11月19日(火)午前9時4分、逝去いたしました。
以下に、葬儀のご報告を掲載させていただきます。

粕谷晴江葬儀のご報告
 拝啓 新春の候 皆様におかれましてはますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
 去る平成25年11月22日(金)及び23日(土)における故粕谷晴江葬儀にご会葬を賜りましたことにつき大変ありがたく、感謝申し上げます。また、12月22日(日)には、四九日の法要を済すことが出来ました。
 粕谷晴江が罹患した肺ガンは克服できませんでしたが、故人は、他のがん患者の皆様には快癒してもらいたいと心から願っておりました。がん撲滅のため、少しでも、役立てられればと、皆様の浄財とともに、癌研有明病院にこの1月6日に500万円を粕谷晴江の名称で寄付をさせていただきました。がん研究会では、患者さん等支援者から寄付を募り、その資金をがん撲滅のための研究活動に使用しています。故人の遺志によって少しでもがん撲滅に貢献できることを願っております。
 葬儀の際あるいはその後故人の位牌へのお参りの際ないしお手紙で、故人への丁重で過分なる感謝やお礼を頂戴いたしました。本人も大変感激しているもの思います。本人の仕事への熱意ある取り組みや誠心誠意のアドバイスが、皆様方からそのような感謝等のお言葉として表されていることに故人の配偶者として感謝に堪えません。皆様あっての皆様のための故人の仕事としても、その仕事ぶりに誉れを憶えれば思えるほど、パートナーの喪失は力ある大きな財産を失ってしまった残念さがこみ上げて参ります。
 故人は、正義感にあふれた人物でした。売上税国会や消費税国会での公述人として国会で売上税や消費税への導入反対の意見を述べました。また、東京税理士会副会長として、憲法に基づく租税教育の推進等納税者の権利擁護の立場に立って、自己の利害を顧みず勇気ある発言を言葉を選びながら行っていました。自己の信念・信条を注意深く言葉を選びながら貫き通すことができた人生ではなかったかと思います。  私と晴江との個人事務所のスタートのときの電話番号に「0022」が与えられ、「おお夫婦」としての出発から25年「11月22日」の「いい夫婦」の日でお別れできたことは、私が過去35年間を彼女と共にパートナーでいられたことにつき大変幸せなことと思っております。
 ところで、私の葬儀等での失意の様子を見て、多くの皆様から励ましやお食事にお誘いをいただき慰めていただきました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
 私は、実のところ、免疫療による治療結果のデータから、肺ガンを治癒させることは難しいとこの9月には悟りました。しかし、本人は、今後も続く免疫療法にも、10月からの第3番目となる抗ガン剤治療にも期待をかけておりました。私も、そうはいっても、奇跡が起こることを期待いたしました。しかし、薬が効かずがん毒性の強さのため、その体力が螺旋階段を転がり落ちるように失われていく状況に陥ってしまいました。故人は、24時間モルヒネの点滴は命を奪うものと認識しておりましたが、胸椎の痛みに耐えかねて、死を覚悟しての痛み止めを受け入れました。丸1日半以上モルヒネの点滴のため、眠ることはできなかったのですが、「ありがとう。もう寝ていいよ。」との私の言葉に促されて、11月19日の朝9時に、安らかな眠りにつきました。
私は、故人のガンとの闘いのサポート者でありますとともに、抗ガン剤の順番の選択や免疫療法の推薦等故人のがんとの闘いの参謀でもありました。その作戦がことごとく失敗(抗ガン剤や放射線がほとんど効かないガン)した失意も重なりショックが葬儀の時には倍増したのではないかと思っております。後から、このガンの性質は、大変悪性度の強いガンなので、薬が効かないことは予想されていましたと諭されたときには、がんとこうやって闘かったから、手術から1年3ヶ月も命が永らえたものと理解することに勝手にしております。
 また、晴江が死去し、位牌になった後までの1人でする夜の食事のむなしさは、高齢で失ったものしかわからない強い喪失感がありました。恩人から諭されました。1人で生きていくのよと。いわれたときは、その意味がよく理解できませんでした。考えてやっとわかりました。食事の時、いつもいる人がいないと思うからわびしさ、寂しさにさいなまれるのであって、自分は独身なのだと思えば、そばに誰もいないのは当たり前です。そうだ、私は独身なのだ、税理士修業時代の独身の時期に戻ったのだ。それであれば、仕事の余暇には、まだ、完成していない英会話でのディスカション能力不足を克服し、海外ビジネスパースンに対する会計や税務サービスを英語での提供業務に算入すること(高税率国でのビジネス高環境案内等)に貢献するための準備を急ぐことが何の制約もなく自由に出来るのだと考えるようになりましたら、1人での食事のわびしさが徐々に薄らいできました。仕事後の余暇は自由人なんだ。チャレンジできる時間的余裕が与えられたのだと考られるようになるとそこに精神的余裕が生まれてきました。
 私どもの事務所は、法人化を平成20年に行いましたが、それ以前から、粕谷晴江は、自分の税理士業務について女性税理士の後継者を探す努力をしましたがことごとく失敗いたしました。ここに至っては、粕谷晴江の業務継承はパートナーである幸男が行います。
 私も64歳となってしまいました。横浜商科大学の非常勤講師(税務会計、スポーツビジネス担当)が68歳で定年ですので、4年間は、事務所職員による税理士試験による資格取得を待ちますがそれ以降は、内部からの後継者のめどが建たなければ外部招聘となりますが、粕谷晴江の例ではないのですが、なかなか難しいものと覚悟しております。最愛の強力なパートナーが失われましたが、粕谷晴江の税制や税理士業務への正義感と熱心さを継承するとともに、故人がなしえなかった税務訴訟での勝利へのチャレンジ等も併せて誠心誠意努力して参る所存です。
 故人との間に、子供がおりませんでしたが、好きですので、他人の子たちであっても、戦争に行ってほしくはありません。紛争や戦争によって他国の若者の血を流させたり、私たちの若者の血を流させたくはありません。きな臭い時代に突入し始めました。そうならない社会をめざす努力もいたします。後の世代から、お父さんお母さんたちががんばらなかったから、僕らが犠牲にならなくてはならないといわることのない社会にするために努力もいたします。
 粕谷晴江と皆様との思い出が皆様の記憶の1ページのなかに納められ、よき思い出として保存されることを心より祈念いたしますとともに、粕谷晴江と同様、ご愛顧、ご支援賜りたく、会葬の御礼ともに、今後の私の生き方の所感の一端を述べさせていただきました。
今後とも、ご支援、ご鞭撻、ご指導のことよろしくお願い申し上げますとともに、皆様がご健康で、ご活躍されることを心より願っております。
敬具
2014年1月吉日
喪主(夫)粕谷幸男
(KASUYA税理士法人代表社員)



粕谷晴江の足跡
● 経歴 昭和42年    税理士試験合格
昭和53年    夫とともに税理士事務所開業
平成11年    東京税理士会玉川支部支部長就任
平成13年    東京税理士会副会長就任
平成17年    東京税理士会副会長退任
〜平成25年   東京税理士会相談役

● その他の経歴 日本婦人有権者同盟講師など、女性の社会的地位向上のための活動も積極的に行う。
第113回、116回国会の税制問題等に関する調査特別委員会公聴会に、公述人として出席し、税制の在り方について、税理士を代表して意見を述べた。

● 執筆 1995年      「争点 相続税法」共著  勁草書房
1997年 1月  「女性のための老後の幸せ・安心ガイド」共著  生活思想社

その他、新日本法規出版の「消費税実務の手引き」、大蔵財務協会の「地方税取扱いの手引き」などにも共著での執筆。
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